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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

「了解しました」のほうが、スグにやってくれそうな気がする。

考え方 考え方-仕事

 
この辺りの論争をいくつか読んだので、
100%個人的な印象だけで語ってみる。

僕の場合、
何か後輩に指示したときに、

A君:了解しました
B君:承知しました

と答えがかえってきたら、A君の方に安心感を覚える。

それは了解という言葉には、その後の行動とワンセットのイメージがあるからだと思う。返事をした後、すぐに取りかかってくれそうな感じがするのである。

対して、承知しましたと言われるとちょっと不安になる。承知したことと、その後の行動は無関係というか。あ、そうだ。了解の方が、全体をまるっと了承してくれているイメージがあるのかもしれない。もしくは了解の方が対等な印象があるぶん、任せる相手として頼もしく感じるのかも。責任の一端も、いっしょに渡せているような感じがして、任せる側としては楽になれるのだ。

あと、承知しました、の言わされてる感がやばい。ビジネスライクな感じというのかな。仕事だから聞いてますけどね、という感じ。了解ですって言われると、先輩後輩の関係というか、ある種の人間味がそこにある気がするのだけど、承知しましたは遠いなぁ。他人行儀な感じ。完全に上司と部下だ。自分事として業務に取り組んでくれてないイメージすら持つ。承知した側と承知された側で分断されてる感じ。

了解はトゥギャザーな感じがするのも良い。「ここから先は、僕が私が引き継ぎます」「おう任せたぞ」的な。とにかくテンポがいいんだよなぁ。


ちなみに僕自身は、関係の遠い上司や顧客には「承知しました」「かしこまりました」系の言葉を使っている。「了解」系の言葉は、身近な上司や同僚、後輩との間でしか使わない。

しかし一方で、承知しましたという言葉は、形式上は丁寧かもしれないが、決して好印象を与える言葉ではないと感じている自分がいる。

どうして了解という言葉に好印象を受けてしまうのだろう。戦争映画やアニメで使われる「了解」という言葉の力強さの影響だろうか。思い返してみても「了解しました」と言われて怒る上官はいないもんなぁ。しかも了解した後、下士官たちは走って任務に戻るという機敏な印象まである。

なので、了解しましたがフランクであることは認めるけれど、
失礼とまで言われると、やっぱり少し違うと思ってしまう…。

世の、承知しました派の方々には、
了解しました派の主張を、ぜひとも承知していただきたいところだ。