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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

観たい映画がないのではなく、観たい映画を観れないんだ。

日常 日常-ネタ

この記事を読んで、
そういえば最近、映画に行ってないなと思った。

この手の話題になると必ず「観たい映画がない。作り手の責任だ」と言う人が現れるけれど、僕が自分自身で感じている映画離れの要因は別にある。

まず、前提として、
僕は映画が好きなほうだと思う。

学生時代は映画館にも行ったし、
レンタルでもアホほど映画をみた。
一日一本ペースで観ていた時期もあった気がする。

でも、最近は行ってない。
理由は簡単。

映画館って一人だと行きづらいから。
閑散としているレイトショーならまだしも、
休日の昼間に一人で映画なんて、
とてもじゃないが恥ずかしくって行けない。

となれば、友達か彼女と一緒に行くことになるんだけど、これじゃ全然、楽しくないんだな。いや、映画を観に行くという行為自体は悪くない。けっこう楽しいと思う。少なくともポップコーンを買うところまでは楽しめる自信がある。でも、誰かと一緒だと、肝心の映画を楽しめない。

なぜか。

それは自分の観たいものが観れないからだ。いまや、それぞれの趣味嗜好が細分化して久しい。友達にしても彼女にしても、二人の意見をピタリと合わせることは、そう簡単ではないと思う。

たとえば、
僕はいまなら「魔女の宅急便」が観たいが、友達は「銀の匙」が観たいって言うかもしれないし、ディズニー好きの彼女だったら、「アナと雪の女王」が観たいと言うかもしれない。

ほんとうは一番に観たかった映画が観られないという状況は、鑑賞の質を劇的に下げてしまう。ワールドカップの中継を観ているときに、彼女が裏番組のドラマにチャンネルを変えたとして、それって愉快な話だろうか。楽しんでドラマを見れるだろうか。

かと言って、「今週はディズニーにするから、来週は魔女の宅急便を観ようね」。なーんて話にもならない。映画は高頻度で行くものじゃないからだ。だから「今日はイタリアンにするけど、次は焼き鳥も行きたいね」と、ご飯屋さんを選ぶようには、うまく話が進まない。

上記の例はまだマシな方で、そもそも友達や彼女が映画をそんなに好きじゃなかったとしたら?当然、わざわざ映画になんか誘わない。1~2時間、黙ってじーっと映画を鑑賞するのは、興味のない人にはまぁまぁ辛いことだろうから。

映画会社は早いとこ「映画=一人で観るもの」というPRをはじめた方がいい。でないと、「映画は好きだが、一人で行くほどでもない」というカジュアルな映画ファン層が絶滅してしまい、ファミリーで観に行けるアニメ映画くらいしかお客が入らなくなってしまうと思う。


あと、話は変わるけど、
僕は、今も昔も映画人気はそれほど変わっていないと思っている。正確に言うと、真剣に映画内容を目的に映画館に足を運ぶ人の数は、今も昔も変わっていないと思っている。

デートと言えば映画!みたいな風潮は今でもあるけど、昔はもっとその傾向が強かった。そのせいで、結果的に動員数が水増しされていただけなんじゃないかと思う。つまり、スクリーンじゃなくって、隣に座る彼女の方ばかり観ている不純なお客が多かっただけのことなのだ。

あーでも、そう考えるとあれだな。
昔の人のほうが、映画館できちんと自分の観たいものを観れていたのかもしれない。それは必ずしも「映画」ではないかもしれないけれど。