読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

仕事より大切なものがある。でもだからこそ、僕たちは大切なものを放り出し、必死に働く。

考え方 考え方-仕事

仕事=人生でもなければ、人生の最重要事項でもない、ということを忘れない | ライフハッカー[日本版]

 

記事全体としては、言いたいことがよく分からなかったのだけど、考えるきっかけになったので、そのことについて書きます。

しかし、結局のところ、家族はあなたの仕事よりもはるかに重要なはずです。仕事はいくらでもありますが、あなたの家族はたったひとつです。それに、良い友だちというのは本当にかけがえの無いものです。保証します。友だちも家族も、見つけるのは難しく、離れるのはもっと難しく、忘れるのは不可能な存在です。だからこそ、そういう大事な存在を作り、関係を続けるために努力しましょう。他のものと同じくらい、時間をかけるべき大切なものです。

 

僕が引っかかったのは、この部分。
家族も友人もかけがえのないもので、仕事より重要だという指摘。

こんな風にバッサリ切り分けできる人は、
世の中にそういないんじゃないかなぁと、率直に思いました。

すこし前にちきりんさんが、"辞めるべきタイミングで辞める決断をするのはめちゃくちゃ難しい"と書いていたけど、

後から言うのは簡単 「ソッコーで仕事を辞めるべき!」 - Chikirinの日記


僕が考えている問題と、少し共通点があるように思います。

ようは、家族や友人を優先しなさいと言うことは簡単だけれど、それが必要なタイミングで決断をするのは、めちゃくちゃ難しいってことです。

あのとき仕事をほっぽり出して駆けつけていれば、家族は壊れなかった、友情は続いていた。あとから言うのは簡単だけど、リアルタイムでその決断をするのは難しい。だってそうしなければ、仕事のほうが壊れていたかもしれないから。

この問題に救いがないのは、仮に家族と友人を優先した結果、仕事を失ってしまった(収入を得られなくなってしまった)としたら、その人はやっぱり家族や友人を失うかもしれないところです。

僕たちが理想的だと思う家族や友人との関係も、ビジネスや風俗のようにあからさまではないにせよ、薄っすらとお金によってつながっています。

たとえば、休日の楽しいドライブには車代と維持費がかかっています。子どもとキャッチボールするためにはグラブとボールが必要です。友達と一杯やるのにも、もちろんお金はかかります。

ある日、友達と飲みにいって、店を出るときにこう言われるんです。

「転職で失敗して、いま生活が苦しい」

その場はご馳走してあげるかもしれませんが、次にこちらから誘うことは難しくなります。誘ったら、奢らなくてはいけなくなりますから。

そうなったときに、じゃあお金のかからない遊びをしよう。公園のベンチで語り合おう。一緒に図書館に行こう。なーんて言えるはずもありません。

だって、そんなのちっとも面白くないじゃないですか。僕も相手も。
もちろん、永遠に奢り続けるのも不可能です。
仮に奢れたとしても、その関係はもうフェアじゃありません。
友達ではなくなってしまうんです。

だから大抵は、

「また落ち着いたら連絡してよ」

と言って解散します。
友人が再び仕事にカムバックできなければ、(様子を見るために、数度、飯を奢ったりすることはあっても)徐々に疎遠になっていくでしょう。


大切な人たちと生きていくためには、悔しいけど、お金が必要です。
例え話の通り、自分にお金がないと、
相手に我慢をさせたり、気まずい思いをさせてしまいます。

だから、僕は仕事を優先させることが多いです。
家族や友人にも、仕事を優先して欲しいと思っています。

仕事は厳しいです。
一度、放り出したら終わりです。
謝ってもゆるしてもらうことはできません。

でも、家族や友人には、
「仕事を優先してゴメン」と謝れます。
仲直りすることができます。

お詫びにケーキを買って帰ったり、
ビールを一杯ごちそうすることができます。

同じ奢ってもらうのでも、こんなときはちっとも嫌じゃない。
むしろ嬉しい。今日は一緒に飲みに行けて良かったなぁと素直に思えます。
奢ったほうも、気分がスッキリすることでしょう。


元の記事には、
「仕事はいくらでもあるけど、家族や友人はかけがえのないものだ」とあります。

いまの世の中、「仕事がいくらでもある」ことを信じるくらいなら、
「家族や友人の心の広さ」を信じる方が、よほど良い人生を送れるのではないか。
そんなふうに、僕は思います。