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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

「結果が出るなら、不条理な指導も許される」という錯覚。

考え方 考え方-人材

弊社新入社員研修について:餃子の王将

結構前のネタなのですが、
記事が上がっていたのでつい読んで色々考えてしまいました。

今の若者には3つのことが欠けています。1つ目は「汗をかかないこと」、2つ目は「涙を流さないこと」、そして3つ目は「感謝を知らないこと」です。


こういうフレーズに対して批判的な見方をする人も多かったようだけど、僕は不思議と気にならなかったんです。たとえばワタミが同じようなことをしていたら、きっと批判的に見てしまったと思いますが、これはそこまで嫌な感じに思わなかった。

なぜなんだろうと考えてみたときに思い当ったのが、流行っていない王将を見たことがない、という僕の生活者としての実感値です。

たくさん店舗がありますから、中にはそういう店もあろうかとは思います(IR情報をみても、毎年一定数の退店があることは分かります)。だからこれはあくまで、僕個人の印象です。

ですが、「王将は流行っている」という前提にたったときに、僕の目には件の厳しい研修が「鍛えている」ように映ったんです。


まぁ確かに、これと上手い料理を提供することの因果関係を説明しろといわれても言葉に窮するのですが…。

ただ、王将の場合は、頑張って研修にたえて現場で修行すれば、将来的には、独立して繁盛店(王将のFC店)の主になることができますよね。その点が、僕にはある種の救いに思えます。

一般的なチェーンだと、社内の競争を勝ち抜いてエリアマネージャーのような役職につくか本部への栄転がなければ、お先真っ暗に見えるのだけど、王将だと独立の道も見えやすい。

これはつまり、「出世レースを勝ち抜けない=人生終了」ではなく、独立という比較的多くの人が手にすることが可能な、小さい成功がたくさんあることを意味します(マイナビ2015によると、200名以上が独立しているそうです)。

社内競争ではなく、一人の飲食人として真っ当に働く延長線上に、将来にわたって生活していけるだけの道筋が通っていることが、僕の印象を左右したのかもしれません。


いまでこそ、ブラックのレッテルを貼られてしまったワタミですが、昔、もっと勢いのあったころは、悪い噂もいまほどは拡散していませんでした。

厳しい仕打ちをうけても、それなりの結果がついてくれば、従業員もグッとこらえて働けます。厳しさに意味や価値を見出すこともできるでしょう。

ただ、ひとたび旗色が悪くなったらどうなるか…。

厳しい研修に堪えても報われない…。
店舗で厳しい修行に堪えても報われない……。

そうなると、動画のような過激な研修は、
途端に、宗教的、怪しい自己啓発セミナー的に見えてしまうことでしょう。

僕が感じた「結果が出るなら、不条理な指導も許される」錯覚は、ブラック企業に限ったことではなく、高校の野球部の練習や塾の指導、子供の躾など、わりと身近なところでも散見されることではないかと思っています。

 

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