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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

イスラム国に拘束されたジャーナリストに嫉妬する、日本人。

考え方 考え方-生活

イスラム国に邦人が拘束されて身代金を要求されている事件。
そのほかのニュースが全部吹き飛ぶ勢いで、報道されていますね。

自己責任だから殺されても仕方がないという人もいるし、そうではない助けるべきだという人もいます。身代金を払えばアメリカとの協調がーー、今後、金目当てで邦人を拘束する組織が他にも出てくるのではないかーー等々、議論は尽きません。

この事件が一部の人になぜ自己責任と言われてしまうのか。その根っこには、ジャーナリストとしての私利私欲(に見える)動機のために身勝手な取材をした、という背景があるからだと思います。




自己責任だと批判する日本人たちは、ジャーナリストのことを内心、うらやましいと思っている。

実際、拘束されていなければ、貴重な現地の情報を持ち帰ったジャーナリストは、そのネタで記事を書いただろうし、その道でさらに名をあげる(元々、有名な方みたいですが)結果になったかもしれません。

さらに言えば、このあと万が一解放されて無事に帰国を果たしたならば、手記を出せば、たくさん売れるでしょう(実際に出すかどうかは別ですよ)。

このジャーナリストに対して、一部の人が苛立ちを感じてしまうのは、自分の命と政府の金を担保に、大きなチャレンジを成し得たからです。もう少しいやらしい言い方をすれば、国にリスクを背負わせながら自己実現をしようと試みたからです。

彼は出発前に自ら撮影した映像のなかで、自己責任であることを宣言しています。ただし、ひとたび拘束されてしまえば、いま現実に身代金を請求されているような事態になること、その結果、各方面に迷惑がかかることは予測できていたはずです。

多額の税金が投入される(身代金だけでなく国会議員や官僚の人件費も含めて)ことが分かったうえで、それでもなお、自分の信念を貫いて取材に出た厚顔無恥な彼のことを、一部の日本人は本当は「うらやましい」と思っている。でも、うらやましいと言うのは何だか不適切だし悔しい感じがするので、言葉を変えて「自己責任」となっているのではないでしょうか。

違った見方をすれば、この手の取材は、とてつもなく大きな迷惑を他人にかける「勇気」や「覚悟」がなければできません。相当なハートの強さがなければ、できないことです。

多くの一般人には、当然ながら、そんな勇気も覚悟もありません。日々、会社で悶々としながら、やりたくもない仕事をしている人たちです。平凡にしか生きられない人たちにとって、今回、ジャーナリストの発揮した行動力や勇気、覚悟、リスクを取る心意気、しがらみなく働けていそうな雰囲気、すべてが嫉妬の対象になり得ます。

じゃあ、あなたが代わりに行くか?と問われればNoだけど、行った結果得られるかもしれない賞賛には、羨ましさを感じてしまう。過程の苦労をすっ飛ばした身勝手な妬みかもしれませんが、自分のやりたいことを躊躇なくやれる人は、それだけ少数派だということなんでしょう。人間ってめんどくさい生き物ですね。

問題の本質から随分と遠い感想かもしれませんが、今回の人質事件に対する一部の人の反応は、閉塞する日本の世相を反映した結果なのかもしれないな、と思ったのでした。

※追記
湯川さんに続き後藤さんも殺害されたと見られる画像が公開されたようです。というより、リンクを踏んで見てしまいました。恐ろしい画像です。この画像を見てもまだ、自己責任論を主張できる人はいかほどいるのでしょうね(表のメディアではとても流せないでしょうが)。ジャーナリストが危険をおかして情報を取ってくるから、僕たちは危険地帯の情報を得ることができるんだ、という考え方がある一方で、その仕事が=ジャーナリストの役目、で良いのかは疑問です。危険地帯の取材は、いち個人が命をかけてまでしなければいけない仕事なのでしょうか。僕にはそうは思えません。