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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

ツイッターを始めて気がついた。僕には「なう」がない。

考え方 考え方-生活

なんとなくツイッターを再開してみたけど、やっぱりダメです。

つぶやくことがなさすぎる。ブログ更新をアナウンスするだけのツールに成り下がってます。

 

なぜこんなことになってしまうのか。

 

ほぼ、ただの言い訳ですが、思ってることを正直に書きます。

 

だいたい、投稿するタイミングを逃す。

ご飯いってます。

って、友達の目の前でスマホいじってまでやるのもどうかなと思って自粛してしまう。後から投稿してもいいんだけど、飯行った報告を1日遅れで投稿することの寒さといったらない(と自分で思ってしまう)。

 

ブログなら今日の話も昨日の話も1年前の話も、何を書いても違和感はないのだけど、SNSに限っては「いま」の出来事を投稿することにこそ大きな価値があるように感じています。1時間前でも、すでに遅すぎな印象を受けるほど。

 

何だろうなこの感覚。もう済んだことを、あとからわざわざお知らせする痛さみたいなものを感じるのかもしれません。「今日は○○ちゃんと焼き肉にいきましたー♪」だと、誰も聞いてねーよ!という感じがするのに、「いま○○ちゃんと焼き肉いってまーす♪」だと、その違和感を感じなくなるんですよね。不思議と。

 

ただ、僕にはこれができない。何か楽しいことをやってる最中に、それを中断して投稿するのって、すごくめんどいです。 飯なら飯、ゲームならゲーム。映画なら映画。買い物なら買い物。目の前のことだけやってたい人には、これがなかなか難しい。器用じゃないとできませんね。

 

自分の動向に、プレミア要素はない。

あと、「今日は朝から○○で打ち合わせ。その後、○○に移動。せめて、朝ごはんはしっかり食べておこう」的なことを呟く、半有名人みたいな人がいますけど、あれは業界の黒帯クラスの人だから成立しているわけで、僕みたいな一般ピープルが同じことしても「それ誰が興味あんねん」という話で終わりますよね。

 

有名人⇒コンビニに買い出しにいった

一般人⇒冷蔵ケースに寝転ぶ

 

ニュースとして成立するかしないかのラインに、このくらいのハンデがある感じ。有名人は何をやってもニュースになります。でも、一般人はかなり特別な行動をしなければニュースになりません。

 

たとえば、石原さとみが、「いま起きました」ってツイートしてたとしたら、全然意味がない情報にも関わらず、そこには多少のニュース性を感じてしまう僕がいるのですが、同じように僕が「いま起きました」って呟いても、ゴミツイートにしかならないわけですよ。

 

一般人の場合、投稿するネタは意識しないと作れないんですね。この間のブルーボトルコーヒーの行列の件も、本当にコーヒーが好きな人がどのくらいいたのかよく分かりませんが、たとえば、ああいうのをイチ早くキャッチアップできればニュースになるんだろうなと思います。

 

匿名だと、なんも言えねー。

で、これ。ツイッターに関しては、ほんとそう。ブログでは、匿名だからこそ書けることも結構あるなと感じているのですが、ツイッターでつぶやくような即物的なことは、リアル情報に直結しがちなので難しいです。

 

本当はどこそこで飯食ってるとか、買い物に行ったとか、そういうのもやりたいんですが、情報を積み重ねていくことで、個人が特定できてしまうようなので、控えることにしています。理想は、知り合いが読んでも、僕のブログだと気付かないブログです。

 

特に僕の場合は、特殊な業界でお仕事をいただいている人間なので、仕事×○○の組み合わせがたくさんになると、あっという間に個人が特定されてしまいます。

 

実名でやられてる方は色んな意味で凄いなと思います。