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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

家を買えれば、積水ハウス。

考え方 考え方-広告

今週のお題「ゴールデンウィーク2016」

 

休みだから、久しぶりにのんびりテレビを見ている。

すると、ふだんは見ないテレビCMを目にする機会がある。 

 

興味深く思ったのは積水ハウスのテレビCM。

 

そのCM中に、こんなキャッチコピーというか、言葉が出てくる。

 

恋は、いつか、愛になる。

愛は、いつか、家になる。

家は、長い物語になる。

人生になる家。

 

優しく温かい眼差しに満ちた、すてきなメッセージだ。

 

ただ同時に、積水ハウスを利用する、いわゆる「持ち家」を持てる人たちの価値観とそうでない人たちの間にある格差も浮き彫りになるメッセージだと思った。

 

いまの若者の多くにとって、

 

恋は、いつか、愛になる。が、

愛は、いつか、家になる。ことは難しい。

 

あるいは、

 

愛は、いつか、家になる。

家は、いつか、重荷になる。

返済は、長い物語になる。

 

だろうか。

 

CMというのは、というか広告というものは、ターゲットを設定し、そのターゲットに響くことを想定してつくられる。

 

そこにはある意味で、差別というか、区別がある。

 

愛は、いつか、家になる。ことを当然として受け入れられる人たちと、それを受け入れることができない人たち。意識、無意識に関わらず、このCMはスクリーニングの役目を果たしている。

 

CMされる商品の中でも、住宅はずば抜けて高価格の商品だ。車もかなり高価だが、住宅と比べれば、たかが数百万円と言いたくなるほど、まさにケタの違う買い物になっている。

 

ところで、うちの両親が家を手にしたのは、50歳を過ぎてからだ。

 

それなりの仕事に就いて何不自由ない生活を送ってきた。まさに日本を象徴する中流家庭のひとつだと思うのだけれど、そんな両親ですら、家は人生にならなかった。

 

ぼくは、持ち家とともに人生を歩める人を数名知っている。

 

みんな社会的に成功している人たちばかりだ。

そう簡単には真似できない。

 

これはまた別の友人の話だが、この間、その人を飲みに誘ったら、お金をおろすから待ってくれといわれた。

 

彼は5000円だけコンビニのATMから引き出した。まとめておろせば良いのにと思ったが、給料日前だったのでそれだけしかないのだと言う。

 

いまや、平凡な人生の延長線上に、持ち家という選択肢はない。

 

テレビCMというお茶の間に広く届けられる企業メッセージが、見ている大半の人にとって無関係のものになっていることに、皮肉を感じずにはいられない。

 

同社の企業コピー「家に帰れば、積水ハウス。」は、いまや、「家を買えれば、積水ハウス。」になっている。冗談のようだけど、これが日本の現状なのだろう。

 

50歳をすぎてから、わざわざ両親が家を手にしたのは、安心して暮らせる場所が欲しかったから、だそうだ。

 

両親の物語がすこしでも長いものになることを願いたい。

 

そしてぼくは、その物語を引き継ぐことになるのだろう。

 

始まったばかりの長期連休を満喫しながら、そんなことを思った。

 

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