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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

為末氏の発言は、選手たちから沈黙の金を奪う。

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「税金を投入したのにメダルが取れなかったという議論は恐ろしい」 為末大氏が訴える

 

この話。

一見正論でフムフムと納得しかけたのだけど、なんか違和感を感じたんだよな。

で思ったのがこれ。

 

オリンピック選手に使う税金と社会保障に使う税金は別

そもそもオリンピックに投下される税金ってのはプラスαの投資。

 

対して、元の記事で言及されていた教育費とかってのは、最低限度の生活を保障するための税金。構図としては、最低限度の社会保障の上に、オリンピックというものが存在しているわけだ。

 

税金を投入したのにメダルが獲れないと批判するのもおかしいが、社会保障と比較して反論するのも筋違いだと思う。

 

税金投入は、言いかえれば国民の期待である

ぼくはオリンピックの選手がメダルをとれなくても、税金の無駄遣いだとは思わない。なぜなら、いまの日本で一番優秀なプレイヤーが国を代表して競技に参加しているわけでしょう。

 

メダルが獲れないなら、それはいまの日本の限界がそこ、ってだけの話。

 

ただし、ある程度の批判の声があがるのは仕方ないんじゃないかな。国を代表して参加した競技で結果を出せなかったわけだから。

 

税金って言うと生々しいけど、言いかえればそれは期待でもある。日本国民の多くはメダル獲得に期待する。期待を裏切られたら、まぁ一定の批判は出るよね。

 

でも、選手たちはそんなこと言われなくても分かっている。個々人が結果を真摯に受け止めている。空港に降り立つ選手たちの表情を見れば一目瞭然だ。

 

期待されつつもメダルを獲得できなかった選手たちの表情は沈んでいる。うつ向きがちに小さくなってカメラの前を通り過ぎる人もいる。

 

でもね、ひとつだけ言いたい。

彼ら彼女らは、批判されても言い訳しない。

自らの実力不足を真摯に受け止めて、明日からまた頑張るんだよ。

 

古い日本的な考えかもしれないけど、黙して批判に耐えながら次の目標に向けて頑張るからこそ、やっぱりスポーツ選手ってすげーな、って尊敬できるんだと個人的には思っている。

 

竹田恒泰氏の「日本は国費を使って選手を送り出してます。選手個人の思い出づくりのために選手を出しているわけではありません」という発言については、ぼくもどうかと思う。でも、為末氏の発言も褒められるようなものではない。

 

本人は選手仲間を擁護しているつもりかもしれないけれど、ツイッターでグチグチ言い訳がましいことをツイートするのは本当にやめて欲しい。

 

それは批判に耐えながら、次の競技に向けて練習を頑張る選手たちのプライドを奪う行為だと思うから。

 

 

この話題って、税金を投入したから責任の所在が選手個人だ云々が問題なのではなく、負けたら予算が減って、勝ったら予算が上がるという単純構造に問題があるような気がしてならない。

 

だから、為末氏の「見合う結果が出なかったなら次の予算を削ればいいと思う」発言のほうが、ぼくはどうかと思う。本気でメダルを獲りたいなら、負けた競技こそもっとお金かけないとダメでしょ。

 

税金投入の目的は何なのか。メダルなの? それとも頑張ってる選手たちの練習や競技参加を資金面で応援してあげることなの? メダルは副産物だと言うのであれば、いまの体制はまったくもって健全そのものだと思う。