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ツイブロ

求人広告のライターが、ブラック労働や就活、人材業界周辺のことなど、日常のあれこれをツイーっと書き込んでいるブログです。心に残るヘリクツをお届けします。

正論は弱音だ。

考え方 考え方-生活

現実の厳しさや複雑さに心が耐え兼ねたとき、正論はしばしば顔を出す。正論が指し示す道はゴールまでの直線距離であって、最短距離ではない。誰もがそれを理解しているから、回り道を黙々と行く。

 

正論は捨て身だ。

正論は相手の退路を断ってしまう。ぶつけられた相手は死に物狂いで反撃してくる。だから正論のひと突きは必殺でなければならない。一撃で相手を沈黙させるまでに、鋭く研ぎ澄まされた正論だけが生き延びる。

 

正論は孤独だ。

それは相手をねじ伏せるための言葉だから。言葉は交わせるが正論は交わせない。ずっと平行線。孤独な一本道だ。正しくまっすぐに歩める人なんて世の中にはほとんどいない。正論を語る本人ですらそうだろう。

 

正論は危険だ。

これまで見て見ぬふりをしてきたものを、掘り起こしてしまうから。いまさらどうにもできなくて、みんなが知らぬ顔をした陰に正論の種は生まれる。放置された種は時間とともに大きく育つ。やがて誰にも手がつけられなくなる。

 

正論は幻想だ。

正論には、凡人をいっとき英雄に祭り上げる力がある。能力のない者にも、相手を傷つけ得る力を与えてしまう。しかし、正論で得た力は瞬く間に効果を失い、あとには何も残らない。

 

正論は敗北だ。

振りかざした瞬間、本人以外のすべての人には敗北が見えている。振り上げた正論をおろすには、誰かの助けが必要だ。しかし多くの人は、他人の正論を興味深い見世物だと思っている。

 

正論は真理だ。

多くの人が内に秘めながら言葉にできずにいることだ。誰かが公言してくれるのを待ち望んでいるものだ。真理を語るものはしばしば処刑されるが、真理を得たものは救われる。

 

 

某アナウンサーが番組を降板したと聞いて、ふと正論という言葉が頭をよぎった。